今日は久しぶりの週真ん中の休み。昨日の仕事の後味が悪くなく、あー久しぶりにリラックスした休日前日だと、昨夜は睡眠薬も飲まずに寝られた。
今朝9時に起きて、気分も悪くなく、こんな時こそ!となかなかその気にならなかった夏花への植え替えを決心。
水曜日は花の苗が入荷されない店も多いけど、今日行ったホームセンターはいい苗がたくさんあった。
安価のニチニチソウ、タピアン、たぶんあんまり大きくならないランタナ、あとおっきくなる値段高めのペチュニア。玄関脇にはニューギニアインパチェンス。
ピーマンは100円のがなくて、200円の苗しかなかった。買ったけど、たくさん実ってくれないと元が取れないわ。
しっかり根付いてくれるかな
しばらくは雨降らない予報だから大丈夫かな
その後実家に行って実家にも植えてきた。これで一安心。
母と2時間ほど喋って帰宅。
ご飯を作り、まだ余力があったので、メダカの鉢を洗う。最近水が濁らなくなったからそのままにしてたけど、鉢も敷石もずいぶん汚れてた。すっきり。小さな丸鉢、やれば簡単なのにね。
最近の心の澱は、次女のこと。4月から再び児童養護施設で働き始めたんだけど、順調とは言えない状況。
彼女のあの無垢なというか純粋な、人の役にたちたい、子どもの役にたちたいという思いは、現場では通用しないものなのか。
むしろなんということもなく、特別な思いもなく入社してくる人のほうが、なんとかやっていけるってこともあろうか。
施設経験があるだけに、内実も少しはわかってるし、職員からも期待されていて、その期待に120パー応えたいと思ってしまうらしい。
職員たちはとてもいい人たちでそれだけに期待にも応えたいという思いはよくわかるけれど、それはキリがないこと、かなり特殊な職場であることを話してみても、彼女の心には響かない。
言葉を尽くせば尽くすほど、こんな言葉も逆に邪魔じゃなかろうかと出したり引っ込めたり。
わかった、もういい、寝る、ありがとう、というLINEでプッツリ切れてしまったならば、一晩大丈夫かと心配で朝が待ち遠しい、万が一のことはないだろうなと。
辞めたくないけど辞めたいです、と昨日先輩に言えたそうだから、
よくぞ言葉にできた、先輩に伝えられたと褒めもし、安心もしたけれど。
あたしの本音はなんだろう。彼女が決めることだとどっかで思ってるから、あたしが決めてやってしまいたくないのよね、
でも、前の施設のときはそんなふうに最後まで何も言わずにいたんだよね、そしたら、彼女が「仕事が終わって車で帰宅途中、あーこのカーブを曲がらなかったらぶつかって死ぬんだなって毎回思う」って言ったから、そんとき初めて、辞めたらいいよって言ったんだ。
あれがあのタイミングが正解だったかどうかわかんない。もっと早く言えばよかったかもしれない。今回も、彼女があたしになんて言って欲しいのかわかんない。
乗り越えられるんじゃないかともどこかで思ってるし、そうしたらものすごく自信につながるだろうと思うし、
でも、長い人生、今は失敗としか思えなくてもいつか、あんときあの体験しといてよかったって思うのではないかとも思うし、
この職種にどう向き合うかボランティアでやれる時が来ると思える時が来るんじゃないかとか、
前の職場からいつでも戻ってきてと言われてるのを鵜呑みにして、ほんとに戻ったってアリ!だと思うし、(しかし契約社員にしかなれずボーナスはない)ぺろっと舌出して戻ってきちゃいましたーって言えばいい。
自分だけの人生だから決して人と比べないでと思うけれど、比べてしまうのもこの年齢あるあるだもんね。友だちは結婚したりボーナスばんばんもらってたり、そりゃ焦るよね
あたしも100パー本音で話してないんだな、わかったおやすみって断ち切られるのが怖くてね
どうしても頭でっかちになってしまって、親として、人生の先輩として、こんな悩みの場合の正解な答え方、みたいなのにとらわれて。
まあまあ親しくしてるっぽい男子のことを付き合ってるの?と聞いたら、なんで?と言われそのままスルーだし。
あたしの子どもだもんなー、生きるの難しいよなーと思うけれど、それでもなんとかくぐり抜けて欲しい、逃げたければ逃げればいい、人に甘えられるなら目いっぱい甘えればいい、自分一人で解決できることなんてあんまりないんだから。そうはっきり言えればどんなにいいことか。
でもそれはあくまでもあたしにとって、あたしが楽になるだけってことなのかもしれない。
石牟礼道子『水はみどろの宮』
素晴らしいのだ。心が洗われる。